Novel
Delusion ~thing of entrusting~


 StoryⅠ


「ゲームオーバー、ゲームセット。集合してください」
ジャージにスコートという格好の審判の声。
女神の審判と言うのは仰々しすぎるが、よく響く滑らかな発音。

約1時間にも渡った、味方同士の試合の終わり。
「3対2でこちらの勝ちです」
主審の手がその言葉に合わせて動く。
始めに相手のほうへ、次に沙空達のほうへ、そして最後に勝利の宣言とともに相手のほうへ。
「ありがとうございました」と3度礼をして、沙空はふぅっと溜息をついた。
先に口を開いたのはペアの眞殊だった。
「まただめか・・・、でもこれからは全員出れるし、とりあえず今度は市体の試合、突破しよ!」
明るい声と寂しげな微笑。
「そうだね、こうなったら校外でがんばんなきゃ。
 ごめんね~、今日残らなくって」
「気にすんな♪早く治しなよ~。んじゃ、バイバイ~」
「ありがと。また明日ね」
そう交して、沙空は部室のほうへ歩いていった。


風が首筋にひんやりと(他の人は寒いと言うが沙空たちは練習で慣れてしまっている)する。
この季節、この校庭の木々の半分以上に葉がない。
そのかわり落葉は沙空のラケットケースの上に積もっている。
まるで隠そうとでもしているかのように・・・・・・

彼女はふと、自分の持ち物に目をやった。
黒と青のグラデーションのソフトテニスラケット。
1年前ほど前は、新品だったのに、今はもう傷だらけ。
塗装も所々剥げてしまっている。
自分みたいと言う考えが唐突に脳裏に浮かび、沙空は投げるように乱暴にケースにしまった。
日も暮れかかっていたし、早く帰りたかった。
それに犬のシュリアが首を長くして(?)散歩待ちをしているはずだから。


桜並木の通りを利き足を庇いつつ歩きながら沙空はまた、溜息をついた。
今日の校内試合は各校5ペアしか出場できない今度の選抜大会の選考会だった。
市内には、2年生の部員がちょうど10人しかいない学校も、彼女の学校のように12ペア=24人のところもあるのに
枠が同じと言うのが沙空には面白くない。
もう一つ、彼女の心を落ち着かせないものがある。
さっきの試合相手だ。
市内の強豪、この明井中学校女子ソフトテニス部の1番手、そして市内トップの実力を持つ梨居と来実。 ※注 明井(めいせい)
コツコツ努力型の沙空にとって、妬ましいほどの存在。
と、いうのもこのペアの片割れの梨居が1ヶ月に28日はある練習のうち多くても7回少なければ3回以下しか出席せず、
それでも、大会には1年生のころから出場し、他の学校の3年生を抑えて優勝したこともあって、先輩達からだって
一目置かれていたからだ。
ちなみに沙空は4回中2年生なら誰でも出られる2回だけ。
出席日数や練習態度は試合出場に比例しない完全実力主義の明井中テニス部の世界。
でも沙空は、やっぱり相手が相手だけにすっきりきっぱり負けを認めることができない。

こんなわけで全くといっていいほど、梨居に対して良い印象をもっていない、このテニス部員。
彼女はこれから本当の梨居を知ることになる ―――――。



※注 沙空(さら)
※注 眞殊(まこと)