小説100お題(1.始まり)  2003/05/20 (Tue) 16:28:46
小説書きさんに100のお題
いきなり書いてみたい衝動が。ということで1題目。あ、Geschichte des Treffensが書けない、とかいうわけじゃ……(強制終了)。
 始まりは何時も、七時だった。そして、終わりは八時。
 其の差たった一時間。その間で出来る事なんて、何が連想できるだろうか。
 カップヌードルが一個ずつ、三十個作れる(二分x三十個=六十分だ。指定されている三分なんて待つのも面倒だ。だから俺は、中身を掻き混ぜて二分経って食べる)。
 それくらいのことしかできない。けれど、俺には其の『たった一時間』が永遠にも感じられた。だって、それは地獄だから。
 嫌な事ほど時間が経つのが遅く感じられるというが、それは本当の事だ。
 学生を経験したなら誰でも知ってるだろう。勉強なんて好きでしたい奴なんざいやしない(いたら一目見てみたい。んで、頭でも叩いて正気に戻してやる)。
 つまり、学校の勉強とそんなに変わらない地獄があるわけだ。それは『EXDOX』と呼ばれた実験体訓練である。
 エクスドクスなんてフザケタ名前で、上下が対称になるように棒線が敷かれている。実験体と闘り合うのが、実験体である俺に科せられた仕事というわけだ。
 しかも夜の七時からじゃなく、朝の七時からというのが最悪だ。起床が五時で、腹ん中に栄養の有る物を詰め込むため咀嚼して、即実験体と顔合わせ。
 この実験体とかいうのがまだ人間の形容をしてりゃまだ話は変わるが、俺のような生身の人間に対して奴等は化け物だ。熊や虎なんて猛獣と闘えって言われて、どうしろっていうんだ。
 普通に考えて勝てるわけがない。何しろ、此方にはマトモな武具さえ与えられないんだ。大抵、逃げ回るしか術は無い。
 それが、普通ならばだ。何故俺が実験体と呼ばれるか、と問われれば胸を張ってこう言い返す。
「俺は不死の血を引いているから、闘う。んで、自由になる。こんな自由の無い生活嫌だ」
 テレビは見放題だし、食事もそれなりに不自由はしない。ココに居ればEXDOXに駆り出されて、化け物と闘う事になるし、それらは命を賭けた闘いなわけ。刹那の判断ミスが本当の意味での命取りになるわけだ。
 不死の血を引く俺は捕らえられて、EXDOXとかいう実験体訓練を受ける破目になった。
 普通の――吸血鬼とかならただ捕らえられて、血を抜かれて不死とかいう力を研究するための実験材料に成り下がるんだろうが、俺の血は特別製で他の実験体に投与した時点で其れが死ぬ。だから、どこまで耐え、生き抜けるかの実験を受けさせられているわけだ。
小説100お題(2.夜明け)  2003/05/21 (Wed) 00:08:27
 前に書いたように俺の起床時間は午前の五時で、つまりはリュシフェル(Lucifer。ルシファーとも読むんだっけ)と対面する事もある(東に窓があるのでバリバリ見えるのだ。っつぅか、監獄じゃ星とか見る事出来ても風流が無い)。
 まぁ、そんな事どうでもいいだろとか言われそうだが、どうでもいい事じゃない。明けの明星――金星に向かって黙祷を捧げるのが日課だからだ。生死を賭けた闘いの前に何かに縋りたくなるのは仕方が無いだろう。俺だって一応、人間なんだから。
 不死には種類がある。不老の不死と、老う不死。俺の場合、前者だ。今の容姿端麗な俺がずーっと続くかと思うとかなり自慢だったりするんだ(あ、ナルって言うなナルって)。けど、闘いで傷だらけ。ま、一年や二年賭けたら傷すら見えなくなるんだけど。
 俺はもう二十五を超える歳だけど、容姿は十代後半なんだよな。何より、若いのは良い事だ。結構、特するし。若いって見られてギャンブルで手抜かれて勝ったり(カードならガキの頃から旅してきてるから強いぞ)。
 この監獄に入れられて半年が経つ。朝一のEXDOX以外は気楽だ。監獄じゃ暇で暇で、朝・昼・夜の食堂での実験体仲間との会合が安らげる一時と言える。半年もこんなトコに居ると、意外と古参として認知されてたりする。
 強者は自ずと集まり、脱走計画を肴に会話の花を咲かす。もちろん、脱走くらい容易いだろう。壁をどうにかして打ち破れば、もうそこは外のはずなんだから。この施設が何処にあるかがわかれば、計画は成功する。脱走しようとした実験体は、見せしめの屍体として返ってくる。実験体に食い散らかされたような、跡形も無い屍体は惨い状態だ。
 何かの切欠さえあれば、俺たちはこの施設を脱走する。屍体のような容姿にはならない。不死である限り逃げ続けなければならない俺と、異端者たちが自由を手にする。それが近い事は、本能的にわかっていた。
小説100お題(3.大丈夫か?)  2003/05/21 (Wed) 16:21:03
 俺は苦痛に顔を歪め、睨み返す。施設内に諍いは付き物だ。EXDOXで勝ち続けている若造の俺は、敵視される事が多いのだ。しかし、同じような格好の坊主にやられるとは思いもしなかった。
「坊主、立てるか?」
 手を差し出す仲間を無視して無言で立ち上がり、敵を睨み返す。金髪のいけ好かない野郎。新入りで、気に食わないだと? 実験体を倒したからと、好い気になってるんだろう。
「小僧、大丈夫か? 座り込んで、どうした? 見っとも無いぜ」
 座り込んだ男を見下ろして、ニヤリと笑う。気づかない内に座らされていた男は、何が起こったか理解していない。
「あぁ、そうか。飯をもっと味わいってわけなんだよな」
 晩飯のシチューを床に垂らして、頭を押し付ける。凄い勢いでぶつかった為、ガンという効果音がなったが気にしない。自業自得だ。力の無い者は蹴落とされるだけ。それが、強者の掟だ。
 床に頭を数度ぶつけると、抵抗が強くなった。仮にも実験体と亘りあった男だ、簡単にヘバっちゃ困る。抵抗にも動じず、頭を床に押し付ける。
「食えよ。飯が食いたいんだろ? 思う存分食うが良い」
 男は四つん這いになって、汚らしくなったシチューを顔に付け、吐き出した。顔を片手で抑えたままで、背中の辺りを思い切り殴り付ける。今にでも嘔吐でもしそうな声を挙げて、グロッキーする。
「なぁ、小僧。素直に詫びるか? 俺は至って平和主義者なんだ。詫びの一つでも言えりゃぁ、勘弁してやっても良い。どうする?」
 酷い仕打ちを受けて尚、男はスラングで俺を「死んじまえ、糞野郎」と罵った。だから、渾身の一撃を背に放つ。ボキ、という嫌な音と共に体勢を崩し、そのまま床に伏して動かなくなる。
「派手にキメちまったな、カオストバリさん。こりゃあ、死んだかね」
「あっちゃっちゃっちゃっちゃ、手加減はしたつもりなんだがね。今時の若者は軟弱でいけない。っつぅか、俺はカオストヴァリだ。ヴァは濁る。間違えんな」
 不死である分、此方は手加減している。人を殺すと、もちろん良心が痛む。しかし、男に放った一撃は見事に骨を直撃していたようだ。実験体としてはもう、使い物にならないだろう。EXDOXと称して化け物どもの餌にされるのが成れの果てだ。
小説100お題(4.それだけは勘弁してください)  2003/05/22 (Thu) 20:13:34
 俺に取っては天下を取ったも同然の監獄だが、唯一頭の上がらないヤツがいる。
 其れが、彼女――シェニアニッヒだった。彼女はEXDOXで勝ち抜く程の強さを持った本当の意味で、強い理想の女性だ。これは、俺が断言できる(断言したってどうにもなんねぇけど)。
 彼女は、不老不死の俺と違い長寿種である妖精族の血を引いている。妖精ってのはエルフのようなピンから、フェアリィのようなキリまであって、シェニアニッヒは前者だった。手入れの行き届いた金髪は癖毛のせいで乱れてはいる(それがまた良いんだよ! 魅了点ってヤツさ)。
「で、何ですか? また喧嘩ですか? 貴方も懲りない人ですね。カオス」
 俺の名前はリニェガフェル・カオストヴァリとか意味も無く長く、言い辛い名前で大抵はカオスとかフェルって愛称で呼ばれる。不死のカオス《混沌》って嫌な通り名も付いてたっけ。不本意だ。
「プライドの問題だからな。ガキに若造呼ばわりされて貶されちゃ、誰だって頭にくる。ま、遣り過ぎちまったのは認めっけど」
「大人気無い……。貴方どこぞの浮浪者ですか?」
 シェニアニッヒは溜息を吐き頭を抱える。自分の事でも無いし、悩む程の事でもないだろうに。一人の人間が致死する結果となったのは気にして無いようだった。EXDOXでは、人が死ぬのは日常茶飯事なのだ。気にするほどの事でも無い。
「容姿がガキだからな。それに、家なんて無いだろ。俺も、お前も。聞き分けの無いガキにゃ拳で言う事聞かせるだけさ。地下街なら、それが当然だったしな。育ちの良いあんたとは違うんだ」
 ガキの頃の事を思い出して、顔を歪める。今思えばなんて生活してきたんだろうと思う。
 俺は七歳まで、奴隷闘師として地下街に居た。こう言えば、大体の事はわかるだろう。リニェガフェル・カオストヴァリは地下社会《アンダーグラウンド》で生きてきた、ってことだ。
「育ちが良いというわけではありませんよ。私だって、地下街に売られた事が有る。貴方なら、わかるでしょう?」
 俺とシェニアニッヒは地下街で会った事がある。攫われて奴隷として売られた美女が今の容姿のままの彼女だった。
「そういえば、カオスは小柄でしたからね。私を助けようとして……」
「い、言うんじゃねぇ!」
「あら? それじゃぁ、助けてくれた時の傷はどこにあったか言おうかしら? 頬への接吻にも赤く……」
「……それだけは、勘弁してください。おねがいします」
「素直な子って好きよ」
 やっぱり俺は空笑いするしかなかった。
小説100お題(5.366)  2003/05/23 (Fri) 21:02:54
 昼食で食堂に集まると、細目のミョルニエが兵を集めて一息を置いて喋りだした。
 ミョルニエは痩せ型で、EXDOXで勝ち抜く派とは思えない風貌だ。言うなれば理系の学者風で、ある特殊能力を有していた。溶解液を体内から吐き出す。それは強度の胃液だ。強度の塩酸なのだろうと考えられる。もしかしたら、濃塩酸ではなく硝酸レベルかもしれない。彼が金を溶かす所を見たことが有る(俺は必死に止めた。だって、金なんだ、止めないわけがない。がめてしまえばこっちのもんだ)。
「僕らの世界では、閏日という物が有る。一年三六五日にプラスされるものだね。四年に一度、日にちの調整のために閏日を足して三六六日になるわけだ。
 これが脱走計画に何に関係するかって? 最重要さ。オルガニズムにはそれぞれのリズムというものが存在する。人間は三六六日目のリズムが崩れるのだ。四年に一度のチャンスがあるといえる。此れは僕らにも言える事だが、予め話しておく」
 グダグダ長々とかったるい。俺はミョルニエのこういう所が嫌いだ。闘いとなると荒々しく乱れるのだから、そのままでいいというのに。
「そのチャンスは、いつなんだ? 今日か? 明日か?」
「カオス君、焦らないで。早合点しないでください。この策は計画の選択肢の一つにすぎないのですからね。そのチャンスは、年末です。というか、単にこの施設の職員が少なくなるため警備が薄まるという点でもあるんですがね。今が二十日ですから、もうすぐです」
「年末に祭り。おもしれぇじゃねぇか。それまでは、問答無用で生き延びろってんだろ? ま、被害は出したくないからな。人数の少ない年末の方が、何かと都合が良いのは確かだ」
 ミョルニエは溜息を吐いて、テーブルに座る兵を見回す。皆、首肯した。
「それでは、解散としますか。まだ日は有りますし、何より、聖誕祭がある。ここにはイヴなど、関係ありませんがね……」
 施設の実験体生き残り人数カウンタは、三六六人を指していた。暖房が効き、適温の食堂が肌寒く感じられた。
小説100お題(6.リンゴ)  2003/05/24 (Sat) 12:21:46
「人間は誘惑に負けるという。古くはアダムとイヴのリンゴ――禁断の実の話があるね。あの話に限っては〝神は何故二人を試したのか〟と神に問いたいが。神は二人を見守った。だから、試す必要などなかったのだ。神の疑念こそが人間という種を貪欲にしたのだと僕は思う。君はどう考えるね、シェリィ」
 ミョルニエはアダムとイヴを唆す蛇のような表情で、裏切り者を睨む。最も、目は細目で見えないだろうか。
「イソップに言わせるならば君は蝙蝠だ。だから、君はそれを償わなければならない。そう、裏切った卑怯者よ。白葡萄酒のように澄んだ色をしていれば君のような娘はこのような場所で死ぬ破目にはならなかっただろう。君には地獄を味わってもらうよ。僕はまだ君を死なせない。四肢をもぎ取っても、何にもならないからね。君のような同胞――と呼ぶのも汚らわしいな。君のような下種はEXDOXで食い殺される末路が良いのだろうさ。君お得意の超音波も、僕には通じない。あぁ、可哀想なシェリィ」
 ミョルニエのこういう惨忍な性格は、彼がサディストであると確信させる。追い詰められたシェリィは涙を浮かべ、壁を背にしている。
 年末の脱走計画をばらした鼠がシェリィだ。俺とミョルニエは彼女を前にしていた。もっとも、俺は見るだけだったが。助けを乞う眼差しを向けるシェリィは、ハーピィと異名を取る超音波の使い手だが今では弱々しい。
 施設内に悲鳴が木霊した。施設の実験体生き残り人数カウンタは、三六三人を指していた。
小説100お題(7.負けられん・『前』)  2003/05/25 (Sun) 15:43:49
 戦友と思い浮かべて好敵手と読ませるのが好きだ。生き残った戦友ほど、心を赦す者は居ない。その戦友が好敵手であったならば、喜ばしい事だ。時には殺し合いもした、地下街の戦友アケシニア・シェルディナは、目の前に立ちふさがっていた。
 アケシニアは蜘蛛を模していた。四対の毛むくじゃらの手、そして四対の歪な眼は見る者に恐怖を植えつける。地下街では、そんなもの有してなかった。一目見て彼だと分かったが、体は違うと思った。けれど、声を聞いて、本人なのだと確認する。
「カオストヴァリィ、ひさしぶりだなぁ」
 人間のものとは思えないほどの濁声にエコーが掛かっている。それでも、アケシニアの声の名残は有る。目の前の『化け物』が戦友なのだと、認めたくは無い。
「アケシニア……なのか?」
 聞こえてくるアケシニアの癖である篭った含み笑いは、問い掛けを肯定していた。信じたくない。人間のアケシニアが何故、蜘蛛と化さなければならないのだろう。
「好敵手よ、殺し合おうぜぇ。EXDOXだぁ!」
 嬉々とした声。俺はEXDOXでこの戦友を殺さなければならない。この異形の戦友を自分が葬らなければ。いくら世界が半獣などの半血族を受け入れると行っても、蜘蛛など異端の窮みだ。
「俺が、葬ってやるよ。好敵手のお前とまた闘えて嬉しい。けどな、けど……なんでお前がここにいるんだよ!? お前は、闘いは嫌いなんじゃなかったのかよ!」
 叫びは虚しく、ホールに木霊する。アケシニアは舌を舐め擦りする。頬の部分まである眼が正直気持ち悪い。本当、化け物だ。温厚で、それで居て強い戦友であり好敵手の面影は無い。
「そんなもの、忘れたぜぇ。カオストヴァリィ、さぁ、殺し合おうじゃないかぁ!!」
 四対の手は生理的嫌悪を掻き立てる。
小説100お題(7.負けられん・『後』)  2003/05/26 (Mon) 17:29:02
「くそ……EXDOX、やるしかないんだよな。あん時よりも、最悪だぜっ! なんでお前と殺し合わなきゃなんねぇんだよ。俺達は人間で、モルモットなんかじゃねぇってのに!」
 ホール内には俺とアケシニアのみ。いつものEXDOX通り、闘いを邪魔をする障害は無い。殺し合いをするための決闘場だ、有るのはせいぜい監視カメラと武器程度。
 アケシニアは口から白い糸を吐き出す。其の様子を見る限り、正しく蜘蛛だ。別に蜘蛛自体に嫌悪感を感じる程デリケートじゃないが、それでも戦友の醜い容姿による生理的嫌悪は抑えられない。
 糸は俺の四肢に絡み付き、動きを封じる。身動きが出来ないくらい、苦ではない。虐げられる日々よりは、ずっとマシだ。蜘蛛のアケシニアに、何の武器が有る。鍛えられた肉体か? そんなもの、くだらない。即致死を与える武器がなくては、俺は死なない。死ねないんだから。
 アケシニアは槍を手に取り、俺へと向ける。
「カオストヴァリィ、俺だって、お前を殺したくないんだぜぇ! あぁ、この躰のためだぁ! 躰が、欲しいんだぁ! だから、お前を殺す!」
 互いに、嫌でも鍛えられた。不死なのだと気付かなかった俺は、生き延びて戦友と共に抗った。全ての醜い心を持った大人に、自分らを捨てた親を怨み、それでいて抵抗には子供の力では足りなかった。
 槍は一直線に俺の躰を貫いた。血飛沫は土のホールに散り、痛みが全身を駆け巡る。全身が、熱い。
「誰だって、負けられねぇんだ。死にたくないのは誰だって、同じなんだよ!! 躰が欲しいだ? そんな成りでも五体満足じゃねぇか! こんなになるまで、何があったかなんて訊かねぇ。けどな、お前は……アケシニア・シェルディナは、醜くなんかねぇ。俺が認めた好敵手なんだからな。いつまでも、変わらない、誓いだ!」
 傷ついて尚喋る俺を、八つの目玉が見ていた。自然と頬が緩んでいた。自然と笑い合い、それでいて、その顔は歪んでいく。もう、アケシニアは戻ってこないと悟る。
 糸を無理矢理断ち切り、自由と四肢を庇い、地へと伏せる。土を掴み、投げつける。目潰しになんてならない。が、隙を作った。殺し合いでは作ってはいけない、隙だった。
 無理な体勢から跳躍し、アケシニアへと突撃する。力のは入らない躰に渇を入れ、右腕に力を込める。そして、顔を思い切り殴った。体勢を崩すアケシニアを押し倒し、左手をアケシニアの顔に翳す。
「殺し合いに、隙は見せちゃいけねぇよな? やっぱりアケシニアは甘いわ。昔のまま、変わらないんだな」
 左手で顔を抑え、唱える。戦友を弔う鎮魂詩を。悲しくて、目の前が潤んだ。唱え終わると、アケシニアは動かなくなる。心の臓も、止まってしまっている。
 左手を離し、戦友の死に顔を見た。アケシニアの顔は微笑んでいた。取り返しの付かない事をしたのだと、わかっている。けど、無力で。俺は、泣き叫ぶしか出来なかった。
『男っていう生き物は負けられんのさ。俺たちみたいなガキでも、殺しあう世の中だから。なぁ、カオストヴァリ。俺たちが生きているのは、明日を掴むためなんだから』
 戦友であり好敵手の幼き頃の声が、耳に聞こえた。EXDOXの制限時間を過ぎても、俺は泣き続けた。
小説100お題(8.うさぎ)  2003/05/27 (Tue) 00:06:22
「寂しいと死んでしまうと揶揄される程弱々しい兎。それはどんなに気張って見せても心はどこか弱々しい。どこか、君に似ているとは思わないかい?」
 ミョルニエの言葉は聞き流す。そうしないと、遣り切れないと思った。聞き流さないと、八つ当たりしそうだ。
「いや、イソップの兎と亀の競走の話の方が的を得ているか。君は結局兎なんだよ。どんなに頑張っても亀には勝てない。怠けてしまうのではないから、物語の兎よりは幾分マシだろうか。最期には君は負けてしまうんだ。勝負に勝って、何かに負けている。あぁ、呆けている君に言っても兎に祭文だろうかね」
 あぁ、そうなのかな。なんて思うと、胸の中にある喪失感と怒気が込み上げてきて、情けなくなった。抗わなければ。このEXDOXを終わりにしなければ。この施設を、地下街のように消してやる。それじゃないと、アケシニアが浮かばれないじゃないか。俺は、負けない。損失に対して目を向けない。いつかは大切なものを失う。これは、当然のことだ。
「俺は、負けやしねぇ。そう、誓う。お前の立てた脱走計画なんて甘っちょれぇな。このイカレた研究所を壊して、関係者全員ぶっ殺す。これくらいしねぇと、これまで死んでいった同胞に申し訳が立たねぇだろ? そうだろう、ミョルニエ」
「そうだね。僕は闘いが嫌いだけれども、その意見には賛成だ。人体改造なんていう倫理に反する研究はこの世に存在してはならない。君がどんなに苦しい体験をしたかなんてわからないが、やっと君になったね、カオス。僕は君が踏ん切りが付かない弱い人間じゃないかと思ったよ」
「踏ん切りなんてついちゃいねぇし、俺は自分がそれほど強い人間だなんて思っちゃいねぇ。ただ、心を許せる戦友を化け物にしたココの連中が気に食わないだけだ。もう、アイツのような辛い思い、させたくないからな」
 ふぅ、と一息吐いて、目の前に有る飯を平らげた。やっと、食物が喉を通った。ふと、こちらを見つめている視線が見えた。それは、シェリィだった。ミョルニエに左腕を溶かされ、隻腕と成ったハーピィ。
「シェリィは、まだ生きているのか?」
「あぁ。どうにか超音波で生き延びたらしい。悪運の強いヤツだ。彼女の兎耳は地獄耳だからね。目障りなら、いっその事消すかい?」
「いや、彼女は使える。鼠には鼠の決りの着け方ってのがあるんだ。お前なら、わかるだろう? 怪しすぎる作戦参謀さんよ」
 俺はシェリィに微笑みかけた。彼女は目を伏せ、震えていた。
小説100お題(9.モノ)  2003/05/28 (Wed) 00:04:49
 それは初心者の遣るようなもんだった。ドが付くような素人でもわかるようなモノトーン。素人と比べれば遜色しないが、ただそれだけ。しかしそれ故に、その一組の男女が目立ったのだ。女性の方が美しく、良い意味で眼が引かれる。
「なんだかなぁ……俺にゃ、ぜってぇ合わねぇ雰囲気だよな」
 人に酔うなんて事は無いが、俺は壁に寄りかかってパーティを眺めていた。所詮、俺は雇われただけのゴロツキだ。この場に立っている事すら、奇跡に近い。
 男女が別れ、女が近寄ってくる。こちらには俺一人だけで、一直線に俺に向かってくる。
「でしょうね。貴方、すっごい顔してるわよ?」
 話が繋がらない。独り言が大きかったとは思わない。ならば、この女は……耳が発達しているのだろう。
「どんなだよ? 貧乏人で、羨望に染まった顔、酒に酔って仕事にならねぇ顔とか?」
「美女が声を掛けてきて嬉しそうって顔」
「…………」
「あら、図星? 嬉しいな」
「呆れてものも言えねぇよ。あんた、誰だ? 俺は、カオスっていう。単なる、迷い込んだゴロツキさ」
「白ワインのシェリィ。ハーピィって言えばわかるかな」
 ハーピィの異名を持つ超音波使いシェリィ。其の名は俺でも知っていた。ドレスに身を纏い、パーティに出ているとは思いもしない。
「知っている。シェリィ・モノ・ハーピィだったか? ハーピィの姓を継ぐために、唯一でなければならない、難儀な能力血族」
「ええ。私以外に、半人半鳥はいないもの。サイレンは別にしてね」
 サイレン。ギリシャ神話に出る怪鳥で別名は、セイレーン。
「あんたの目的は、何だ。ただの、参加者か? いや、俺の所に来たんだ。俺の仕事の障害か?」
「貴方を誘いに来たの。今夜は聖誕祭ですもの。陰気な顔をしていないで。さぁ、踊りましょう」
 シェリィは俺の腕を強引に引っ張り、ホールへと歩いていく。クリスマスの夜に、初めてのダンスパーティに参加した。純粋に、おもしろかった。そして、俺には合わない世界なのだと実感した。

 俺は夢を見た。二年前の今日、俺とシェリィは踊っていた。それこそ単調で、見世物にしたら此方が金を払わないといけないくらい、酷いダンス。その美女の面影は、もう無かった。
小説100お題(10.間に合わない)  2003/05/29 (Thu) 16:08:30
 仕事は正確に。制限時間内に間に合わせるのが、プロの仕事ってわけだ。ぶらぶらと旅をしながら、自分の腕を頼り、なにより信じてきた。爆弾解体なんて難儀な作業に付き合わされた事も有る。あれは、寿命が縮まるかと思った(不老不死だけど、木っ端微塵となれば死ぬだろう)。
 頑固者のダリシェアが無言で箱を弄っている。今回の仕事の相棒で、元・爆弾魔という凄い経歴の持ち主で頭の中には全ての爆弾の解式が入っていて、爆破のプロフェッショナル。自身が警察にも追われているという、要注意人物だ。
「やかましい。わしの仕事を邪魔するな。お前さんは黙っとればいいんじゃ。そうすりゃ、金が持ち逃げできるのだろう」
「爺さん。あまり人の心読むんじゃねぇ。金は特に欲しいってわけじゃないし、今は命が優先だろ? 早く解体しちまってくれ」
「死にたくなけりゃ、黙ってろ」
 何か言っても邪魔になるだけ。ずっとその行為を見守るしかない。爆弾魔は爆弾解体のプロでもある。
「なぁ、爺さん。あんたにとって爆弾って何だ? 秩序を破壊するための道具なのか? 最初の爆破は、政府の建物だっただろう?」
「夢を追いかける(トリップする)ための麻薬だ。死と隣り合わせの恐怖というのは、快感に変わる。バレるかどうかを楽しむなんて、坊主のすることだ。派手なデコレーションが成されているならば、それに越した事はねぇな」
「爆弾に、命を賭ける快感……か? 間に合うか、間に合わないか。それだけのために、人を簡単に殺すのか?」
 無差別爆弾魔ダリシェア。口にするだけでも忌わしい名を持つ老いぼれが、すぐそこにいる。人の命をどうとも思わない、悪魔だ。
「そうだ。命を賭け、巻添えにする。リミットかバーストか。楽しいゲームだろうさ。なんてな。わしとて無害な一般市民を殺すような真似はせん。崩壊から、無秩序の世界となった。だから、この世界を壊すために」
 彼の戯言だ。俺が一番嫌いで、其れでいてどこかでそんな生き方をしたいと憧れた男は、ただ老い耄れになっていた。