Wiederholung ~Einleitung~ 12003/05/08 (Thu) 00:44:23
     0. Zero

 僕は君と出会ってしまった。
 再会と言えば、聞こえは良いかもしれないが、僕は嫌だった。別れがつらいから。それに、昔の記憶は不思議なくらい無かったから。絆なんて言っても、結局は他人だから。
 馴れ合いくらいは良い。
 でも、昔のように――性別の差、隔たりなく話すのは無理だと思った。

     Prologue. Part5 2002.8.2

 静とした中、靴音だけが響いている。墓地は朝霧に包まれていて、視界は二メートル程だ。幽霊などの類が出てきそうな雰囲気で、子供が取り残されたら確実に怯えてしまう。言霊が飛んでいたら、大人でも腰を抜かし動けなくなる事必死だろう。
 靴音は止み、一人の男が、西洋風の墓石の前に姿を現した。眼鏡を掛けた優男だ。目は細めで、学者風。白衣でも羽織ったら、マッドサイエンティストで通じるだろう。
 彼が立ち止まった先の墓石には、〝1995.8.2 Claudia=Marlene=Schmidt〟と彫られていた。七年前の今日を感慨深く思う。ミドルネームのマールレネを取って愛称マールと呼ばれ親しまれてきた彼女は、彼にとって大切な友だった。
Wiederholung ~Einleitung~ 22003/05/08 (Thu) 17:02:01
「痣野、これで良かったのか? 貴様が望んだ結末はこんなチンケな物なのか? 彼女が死んで、それだけで終わるはずが無い。わかっているはずだ。なのに、何故彼女を死なせたのだ。シュミットは貴様の大切な人ではなかったのか。
 皆が望みを失った。俺もそうだ。友を二人も失い、今では手に職も無い。
 痣野、貴様の考える理想郷は見えたのか? 未来を掴む為、今も進んでいるか? 確かに俺は強くは無い。それだけで絶交なんて思わない。俺は今でも痣野を友なのだと思っている。
 しかし、もうこの無限に続く螺旋を終わらせて全てを初期化すべきだ。戯れは良い。もう、悪夢に魘されたくないなんて言わない我が罪への罰はしっかりと受ける。代償が命なのだとわかっていても悔いは無い。
 だから、彼女を――シュミットを救ってくれ。運命を変えられない愚かな俺を正しい道へ導いてくれ。今度こそ、現の悪夢に終止符を打つために。
 二度と繰り返さないこの結末に初期化をかける切り換え機は俺だ。この命を散らせるだけで繰り返すならば喜んでそうしよう。
 いつかの俺たちが幸せになれるならば死さえ厭わない。
 だがね、今の俺が出来る最後の『伝』をした後で良いだろう? シュミットを開放する。最後に友に話したい事があるんだ」
 独り言を長々といい終えた男は微笑み、墓石の文字に触れる。そして、何らかの言葉を発する。
Wiederholung ~Einleitung~ 32003/05/09 (Fri) 17:29:00
 日本語でも、英語でもなかった。おそらく、地球に存在する言語ではない。何らかの書物に書かれていた文字列を詠唱していると言う感じだ。
 口調は滑らかで、明らかに言い慣れている。
 朝霧は一層濃くなったようだ。風も無く、男以外の生物がいないようで寂しい。嵐の前の静けさに似て、民が聖人の話を拝聴する時の静けさのようでもある。
 クラウディア・シュミットの墓石が発光する。螢が不規則に光を発するように、それでいて淡い光。霧が包み込むような幻想的な光景だった。
 墓石から、ゆっくりと女性が現れ、そして具現化する。彼女は薄茶色のショートヘアをしていて、名はクラウディア・シュミット。墓の下に眠っているはずの人物だ。年の功は二十代前半だろうか。それでも大らかというよりは、子供っぽいという印象がある。
 目を瞑っていて、安らかな眠りに浸っているようだ。死とは正に眠りではあるが。
 男の詠唱が止んだ。男と女は向かい合う。
「シュミット」
 マールは呼びかけに反応し、ゆっくりと目を開ける。二・三度瞬きをして、男を見た。
「沖田、くん?」
 男の名は沖田哲博。マールと同じ二十代前半なのだが、老けて見える。
「久し振りだな。起こしてすまない。少し話したいことがあるんだ。また、長くなるかもしれないが、最後だ。聞いてくれよ」
「『伝』を、使ったのね?」
 子供の悪戯を仕方が無いと、子供を叱るような口調だった。
 答えは一つ。だから、応えずに哲博は続ける。
Wiederholung ~Einleitung~ 42003/05/10 (Sat) 00:17:39
「俺たちは運命の輪廻に捕らわれている。いつか話しただろう? 痣野がデジャヴを感じ、倒れた時だ。
 歯車が回り始めると、次の歯車が続々と回り始める。同じく順番に『次へと記憶が継がれていく』のがシステムだ。
 今回は俺が切り換え機となった。いや、なる。歯車が別の歯車を動かし始めるのと同じで、二つの歯車を回す歯車(ストッパー)が俺というわけさ。
 思い出す時に歪みを生じさせるのはシステムの欠陥なんだ。少しずつ前回の影響を嫌でも受けてしまう。
 そうだな、ゲームとかでゲームオーバのデータをヴァグで引き継ぐものがあるだろ。それと同じだ。そういえば君は、ゲームをしなかったな。まぁ、小さなヴァグが溜まってイレギュラが発生すると解釈すればいい。
 システムは時間を繰り返す。他の『自分』がいる……平行世界が存在するのは、死んだ君ならばなんとなくでも悟っただろう? その平行世界に記憶が引き継がれるわけだ。だがこのシステムは思い出さなくては機能しない。
 今回は痣野妹がイレギュラで、前回の記憶をそのまま引きついだ。前々回は俺だったらしいことも。そこまでは、わかっている。
 次のイレギュラは君なのだろうと推測する。だから聞いてもらいたい。痣野を救え。そして、君自身もだ。
 君はこうして死んでしまった。俺は『伝』で君と話せるが、それは本来してはならないことだ。禁忌の術法に反するという事だね。それなりに代償は支払っているし、問題は無いけれどね。ルールに縛られるなんて糞喰らえなんだ。もう、システムに縛られているからね。
 まぁ、言いたいのは次回では誰も死なずに済む、皆が幸せになる道を選んでくれということ。堅苦しい話だが、これは命にかかわる話だ。重大さは君ならばわかると思う」
 マールは、哲博を見て呆れた。何も、変わっていない。多弁なのも何もかも出会った頃、そのままだった。
 変わらないのはシュミットも一緒だな、と哲博は心内で返答する。
Wiederholung ~Einleitung~ 52003/05/10 (Sat) 04:49:00
「何故、あーくんが次の異分子だと思わないの? あーくんが異分子だったら、どうなるの?」
 あーくんとは痣野の名前から取っている。
 哲博ははぁ、とわざとらしく溜息を吐く。 
「それはね。痣野が螺旋を引き起こした張本人だからだよ。張本人は異分子にはなりえない。創造主自身でありレギュラがイレギュラなんて、矛盾しているから。
 永遠に続く螺旋階段なんて、誰も好き好んで上りたくなんかない。君の死が引鉄となって、この繰り返すという惨劇が幕を開けた。
 それは君を大事に思う痣野が力を有しすぎたからだ。いや、無力だったからこそ、この惨事が起きたのだろうかね。
 何の能力も有さないとされた凡人が、一人の少女を救うために無から有を創り出した。それよりは元々、彼に力があったと解釈する方が道理に適う。
 痣野にもっと力があれば、世界自体を捻じ曲げ再構築するような能力があれば、この欠陥だらけのループから抜け出せる。誰も、悲しまなくてすむ結果にたどり着けるはずなんだ」
 そうであれば良いというだけの、仮説だらけのただの理想論なのは哲博自身わかっている。それでも無駄な戯言を続ける。
Wiederholung ~Einleitung~ 62003/05/11 (Sun) 06:36:29
「痣野が異分子になるならば、正道を選ぶだろう。そして、苦悩する。あいつならばその果てに、必ずこの悪夢を破壊する。俺たちの知っている友なのであれば、絶対だ。
 シュミットも、わかるだろう? 君の方が、痣野を信じているだろうからね。感応を得意とした『心-触』を使う君ならば、彼の迷いも全てわかるだろうから。
 あぁ、また口が滑った。君はその能力を毛嫌いしていたんだったね。最期だ、大目に見てくれよ。俺だって、言いたくは無い。口は禍の元と昔から言うのだから。それに前々回は、俺が最初に死んだらしいからね。
 俺の『伝』といい君の『心-触』と言い、御伽話の中に出てくるような能力は、何処から沸いて出てくるんだろうね。日本人のほとんどは、日本で生まれた時から具わっている能力だから、気にしたことは無いだろう。日本人という種族についてゼリアロノス論では魔法が使えるのだという。
 魔法とは科学的に解明できない物事を解決するため……葬るための常套句だから仕方が無い。今の技術では、赤ん坊が生まれてすぐに言語を喋る特異例に似て、異端者を解明できない。
 不思議なことにこれらの力を操る者は日本という地にしか存在しない。しかし、日本人の血の問題ではない。現に君のような例がいるのがその証明だと言えよう。日本という国自体に何かがあるんだ」
 死ぬ前に、精一杯喋っていたい。それが彼の望みだった。喋ると言う自己表現の中に存在意義を見出しているのだ。
Wiederholung ~Einleitung~ 72003/05/11 (Sun) 16:24:54
「結局、能力については解明できないね。今までも、これからもわからない。わからないということは、答えがみつからないということだ。『答えが無い』謎なのかもしれないけれど。
 無駄話はさて置き、最期に君と話せる事は嬉しいよ。あの忌わしい事件で肉体を失った――死んだシュミットと話せるのは、近場では俺以外にいない。俺に他人に干渉する力があれば、痣野とも話せるのだろうけれど……」
 日本に住む者にのみ宿る『能力』は、不定だ。
 思い浮かべた食べ物を目の前に出現させる『創-食』や、他人の心の声が聞こえる『心-聴』など、多種多様な能力があり、使える能力から使えない能力まで様々である。
 哲博の『伝』はモノと意思を伝達し合うことが出来る能力で、マールの『心-触』と似通った部分がある。マールの能力が読み取り専用なのに対し、哲博の『伝』はそれに加え意思を伝える事ができる。『伝』は、詠唱しなければ効果が無いが、『心-触』は常に心に触れ、感じ取る事ができる。
 他人の意思を、痛みを感じ取れる能力とは、実に難儀なものである。対象となるモノにパターンが無いからだ。植物の気持ちもわかれば、犬の気持ちもわかる。能力を有さない者から見れば、おもしろいと楽観視するかもしれないが、そんなに甘いものではない。嫉妬や殺意など、万物が抱く全ての感情が分かるなど、辛いだけだ。
「あー君は、どうしているの? まだ、こだわっている?」
 校長のくだらない長話と同位に値する哲博の話を聞き流し問う。
Wiederholung ~Einleitung~ 82003/05/12 (Mon) 00:22:17
「今は、療養中だよ。君と最後に話してから、色々な出来事があったんだ。詳しくは話せないけど、『鬼』が憑いた。誰もが蚊帳の外にはいられない状況になった。伝奇に出てくるような化け物が現実に現れたんだよ。ヤツと同様か、それ以上に性質の悪い化け物が。
 ヤツが目覚めて、この連鎖反応は始まった。そして君の死によって眠りについた。それでも、連鎖反応は終わらない。倒れたドミノが元に戻らないように、後戻りの出来ないシナリオが完成してしまったのだろう。
 悪夢はリセット出来ない。繰り返す事はリセット、元に戻るという事ではない。平行世界の止まった秒針が動き出すだけにすぎないのだから、今いるこの世界の時が止まるというわけではない。
 痣野妹が事故死して、関係者は残り三人となった。俺と、澄咲姉弟だな。彼女らは巧く生きていく術を知っているから、大丈夫だろうけれど……死に方は普通のモノじゃなくなるだろう。年寿を全うする事は、できない。
 俺は、『死』という選択に逃げる。繰り返し始めるボタンに手を掛けて、今回の結末から目を背けて、逃げる。選択は間違っているかもしれない。いいわけになるかもしれないが、この繰り返しに終止符を打つためだ。
 理解しろとは言わないさ。それぞれの考え方があるんだから。痣野が生き方に固執したのと同じだね。痣野はもう、こだわっていないかもしれない。痣野妹が死んだショックで、自分を見失ったという事もあるが……」
Wiederholung ~Einleitung~ 92003/05/12 (Mon) 16:05:12
 これも完成されたシナリオの一部なのだろうか。哲博とマールの『伝』による会話。そして、これから『繰り返し』が始まる。抗う事の出来ない宿命で、どんなに変えようとしても変わらないのではないか。誰かの手の平の上で踊っているようで、哲博は恐かった。
「一方的に喋って悪い。俺はまだ、躊躇っているようだ。未練を残しているというわけではないがね。踏ん切りはついているし、今のうちに終わらせるべきだろう。
 逃げ際にこんな事を言うなんて、と君は罵るかもしれないが、最期に告白していいか? 痣野にも悪いと思う。こんなだから、絶交になるのかもしれないな」
 自嘲的な笑みを浮かべる。
「俺、沖田哲博はクラウディア・シュミットの事が好きだ。片思いというヤツだな。俺は人を好きになった事が無い。友人という好き、嫌いの感情はあるとして、恋愛感情での好き嫌いは今までなかった。ただ、叶わぬ恋に恋していたいだけさ。
 『心-触』でも読めないように心を隠した。変な所で臆病で、自己嫌悪を繰り返す。この告白が次回に何の影響を及ぼすのかなんてわからない。けれど、すっきりした。
 これで、逝ける。さようなら、クラウディア」
 一方的に話を終え、『伝』の能力を停止する。口を開き喚くマールの声は聞こえない。姿は現れた時の反時計回りのように、うっすらと消えていく。
 哲博の耳に残ったのは「バカーッ」と罵倒するマールの声だった。
Wiederholung ~Einleitung~ 102003/05/13 (Tue) 00:14:58
「痣野、ごめんな。俺は裏切りという行為自体を嫌う。だから自己嫌悪するわけだがね。傍観者でいたいんだが、ソレも偽善かね。こうして輪廻の中では来る事のない未来を切り開く。次回では、きちんとした生き方、終わり方がしたい」
 ふぅ、と大きく溜息を吐き、首に掛けてあったペンダントに手を掛ける。ペンダントは見る見るうちにナイフに変化する。柄の部分にルビーの装飾が施されている、美しい形容を象ったナイフだ。
 ペンダントの紐を引き千切り、ナイフを震えないよう両手で押さえ、左肩から首に宛がう。
 そしてぐい、と思い切り引いた。鮮血が迸る。マールの墓石にも、鮮血が降り注いだ。毒々しいほどの紅が朝霧を飲み込むようだった。
 やがて朝霧が晴れ、一人の青年の死体が発見された。その死体には外傷が無く、死亡原因が謎とされた。首筋にあるはず痕は、無くなっていたのである。
 こうして、五回目の繰り返しは終わった。

    ――――Wheel of fortune began to turn... (運命の歯車は廻りはじめた……)