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- 2005/03/23 (Wed) 09:26:24
紅堂幹人 - 彼の名は――ボクと廃ビルの地下一階。そこには、三人の影が見える。男と、少年、少女。
男は煙草を燻らせ、ゆっくりと煙を吐き出した。煙が霧散した所で切り出す。
「この『世界』というものは厄介だ。私たち人間を固定概念で縛り、自由な発想を虚構上でしか示せなくさせる。小説。漫画。アニメ。ゲーム。ドラマ。映画。これらの虚構で紡がれる物語はサイエンス・フィクション。つまりはSFにありがちな突飛な発想。理想。妄想となる。この『世界』にいる限りは、これらを実現させる事はできない。辛うじてコンピュータ中世代の先駆者により、計算機は存在しているとしても、この『世界』の進化は40年間ストップしているわけだ。和暦大正54年――西暦一九六五年十二月七日に昭和になってからの40年間、ね。ペットロボットとして開発されたAIBOも、『あちら』側では通用するとしても、『こちら』側――この『世界』では妄言になる。ペットがロボットだなんて言ったら隔離病棟送りだな。この世界ではいくら研究して、追究して、究めようとしても、それらの知識は霧散する。これと同じように」
男は煙を吐き出す。手摺に掴まると、少し咽て続けた。
「『あちら』側は、滅びた。だからこそ、『こちら』側は自らを人間の手に委ねたりはしなかった。そして、私は『あちら』側の人間だ。PDAを一人一台所有し、人間同士は距離を縮めた。どんなに離れていても、ネットワークが孤独を感じさせない。極端な話、南極や北極、水深八キロの海溝でだって、人々はリンクできた。正にどこに居ても『孤独を感じさせない世界』。『こちら』のように排気ガスを撒き散らす車は無く、移動することも無く物事を相互伝達できた。虚構上で描かれていたとしたら、理想の世界だと思うだろう?」
問われた少女は、首を傾げる。想像ができないのだ。代わりに、少年が応えた。
「オッサン、喋りすぎ」
「まだ若いつもりなんだけどなぁ……。二十五って君たちから見ればもうオッサンなのかい? いや、……身形のせいかな?」
男は、泥だらけのジーンズに、白だっただろう薄汚れたTシャツ、髪はボサボサで、髭は伸ばし放題という具合だった。確かに、オッサンである。
少年は小言を続ける男に構わずに問いかけた。
「なぁ、オッサン。あんた、校長とかの長話好きか?」
「うわ、またオッサンって言った。私だって傷つくぞ。と、校長というと、あの長話が大好きで自慢話が大好きで子供のいじめについても知らなかったと通すあれかな? あの低い声で長々と続けられると睡魔が襲ってくるね。途中でえー、と言い間を繋ごうとするのはどうにも見苦しい。学校長という職に就く人間には是非、飽きさせない話術をマスターして欲しいね。言うと、校長の長話は大嫌いだ」
少年は半目。喋り続ける男に呆れる。喋りたがりの男は嫌いだ。多弁な男ほど信用できない者はない。
「で、そのSFに出てくるような世界ってのがあったら、確かに理想的だろうな。一人一人バラバラで、誰も信用のできないこんなトコよりは、理想的な世界だよ。スモッグに蔽われた曇天も排気ガスが無けりゃ綺麗な空を見せてくれるんだろうし。俺達の世代は、綺麗な青空ってのを一度も生で見た事が無いんだぜ? オッサンの言うアイボとかピーディーエーとかわけわかんねぇけど、所謂ハイテクなもんだろ?」
男は頷き、微笑んだ。子供の頭脳という物は良い。大人が固定概念に囚われる話を、すんなりと受け入れてくれる。 - この記事のURL
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