No Title xx_xx_xx salvage
2005/04/10 (Sun) 08:17:01
紅堂幹人

 季節は冬。クリスマスの前夜――つまりは、イヴだ。街中では恋人たちが寄り添って歩く姿が所々に見られ、降り続ける雪が街路樹に取り付けられたネオンランプと共に輝いている。地面に積もるとまではいかない新雪は降る度に地面へと消えていく。クリスマス・イヴに初雪が降るなんて出来すぎた話ではあるが、雪が現実の物なのだと冷たさが体感させる。
 昼間には若者たちが溢れ還り闊歩し、天候が良ければ冬には程よい温度に温められた温水が噴出され、光を放つ五つの棒が支える正五角形の透明なプラスティックを基盤として、様々な色水が流れる仕組みとなった流動体がモチーフの管のコントラストがオブジェとして不釣合いな美を感じさせる噴水を目印に、ジュディ・スクェアの噴水と称され待ち合わせの場にも使われる買い物通りの広場には、いつの間にか降誕祭に付き物となった彩られたツリーが設置されている。降雪により白く彩られたツリーの前には、周囲から浮いた三人の少年少女が立っていた。周りにいるのは十代半ばから二十代までのカップルばかり。彼らには場違いも良い所だ。しかし、彼らは不思議と場に溶け込んでいた。まだまだ子供の一組の少年少女と保護者代わりの黒髪の少年を他方から見るとすると、子供をお守りする高校生といった所だ。
 絶妙のタイミングで雪が降り出し、文字通りのホワイトクリスマスとなった今宵は、街中の恋人たちがロマンティックな台詞でも吐き合い過ごしているのだろう。考えるだけで、霎司慧は頭を痛くし、溜息を吐きたくなった。恋人のいない彼としては四方八方にカップルが居る広場から早く立ち去りたいに違いない。
 霎司慧[しょうじ・さとる]は齢十七、顔立ちは少々幼さが残るものの、親しみを感じさせる顔だ。年上から可愛いがられそうな顔は愛嬌があり、そこそこの美形に入るのではないだろうか。高等学校に入って直ぐの冬に購入したダッフルコートに包まれながらも、肉付きは良くないだろう痩せ型である事は視認できる。有り体を端的に表現するならば、痩せ型。中肉中背というよりは肉付きが良くないだけというわけだ。
 慧の目には自分から見ると一回りまでとは行かないが、百八十度の角度は歳が違うだろう少年と少女が映っている。慧と比べれば、二人は共に特徴のある容姿をしている。
 まず目に入るのは少女の肩辺りまで伸びた少し癖のある赤毛だ。彼女の髪の毛色は赤色に褐色を帯びた物なのである。欧米人に多いだろう赤毛を持つニースの目の色は、これまた欧米人に多い碧眼だった。紅毛碧眼とはよくいったものだ。しかし、顔立ちは何処と無く日本人のそれに似て、この事からも彼女が日本人の血を少しは引いていることが知れる。クォータといった所だろうか。いや、ワン・エイスと、ほんの少ししか血を引いていないかもしれない。ワン・エイスまでなると、雑種とも取れるのだが。
 二人は十代になって間もない背格好で、小学校高学年から中学生といった程度だ。文字通り少年少女というわけだが、慧には妙に大人びて見えた。どちらも大人びているには違いないのだが、際立っているのは間違いなくアージェだ。
 ニースと対になるように立っている茶髪の少年が、アージェである。彼は、限りなく日本人に近い顔をしていた。数年すれば若者たちの群れに溶け込む事は簡単だろう。そういう意味ではありふれているのだが、格好――服装が目を引いた。彼は、ロングスカートを穿いているのだ。上着は白のセーターにマフラー。この季節からすると寒く思えるが、中は厚着をしていて懐炉が身体を温めている。脇腹辺りまで伸ばした長い後ろ髪をツインテールに纏めていて、見れば性別を見間違う事は確実といった容姿である。
 性別上男に分類されている人間が女装をするのであれば、女装が如何に完璧なものであろうと、ボロが出るものだ。だが、年功も無く、顔や体格が男女を区別できる程の年齢に達していないのであれば無関係である。その点、アージュの顔立ちは、素材が中性的な顔立ちであり、成長しきっても女装のままで違和感の無いものだ。
「待つのは好きだけど、待ち惚けは嫌だよ。何時間でも、何日でも、何年でも良い。待ってるのは苦じゃないよ。けど、待っても、待っても、相手が来ないのは嫌なの。私は、君が思っているよりも強くないの。忘れてたじゃ済まない事だって、あるの。わかる? 私が君をどれだけ待ったか、わかる? 八年。私、ずっと君のこと、待ってたんだから……」
 ニースが流暢な日本語で喋り、アージェの前で泣き出した。何事かと、周囲のカップルの視線が集中するが、アージェは涙を流すニースに動じる事も無く、小さな体躯を抱き寄せ、耳元で囁いた。それらの動作は流れるように自然ありながら、全てが脚本によって仕組まれた虚構の――ドラマのワンシーンのようにも思える。完成された動作、とでも表現すれば良いのだろうか。子役としてデビュしても、自然と受け入れられるだろうし、その道を歩むのであれば俳優として有名になるだろう事は容易に想像できた。
「待たせてすまない。俺だって、お前に会いたくて仕方が無かったんだ。俺はお前を待たせたけど、忘れた事なんて無い。一日でも早く、戻ろうとした。今だって、お前の事が好きで、好きで、仕方が無いんだ」
 アージェはニースの頬を伝う涙を指で拭い、二人は唇同士が触れる程度のキスを交わした。子供らしい、キスである。
 周囲の人々は、二人が抱き合ってキスを交わす光景から目が離せなかった。数秒し、イヴの雪降る夜という雰囲気に飲まれ、恋人たちはキスを交し合った。
 中にはまだ二人を見ている組もいるが、大体の視線が逸れるのを確認すると、慧が指を鳴らした。指パッチンである。
「聖夜の奇蹟はこれにて終わる。奇蹟は仲を繋ぎ、苦より解き放たれし報われぬ二人は共に、還る」
 慧が一息吐くと、アージェとニースは顔を離し、微笑み合った。
「二人共、お疲れさま。これで最後だよ。やっぱりクリスマスは、奇蹟を望んじゃうものなんだなぁ……」
 労いの言葉を無視し、二人は再度唇を合わせた。アージェはニースの後頭部に右手を回し、情熱的なキスを求める。お互いに目を閉じ、口を開けて、舌を伸ばそうとした所で、慧は頭を頭を抱えて半眼になって、
「イチャ付くなら帰ってからやれ、お前ら。ここはお子様の居ていい場所じゃねぇぞ」
 水を差した慧に、二人は拗ねた顔をして反撃に出た。
「モテない人の僻みー。僕たちがラブラブだからって、僻んじゃ駄目だよ」
「そうそ、マダムキラーのしょうちゃんに言われたくないよねー。それに、しょうちゃんの方がここに合わないよ」
 キスを交わし、抱き合っている周囲の光景を視界に入れ、マダムキラーこと霎司慧は二人の手を引きその場を離れる事にした。

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No Title xx_xx_xx
2005/03/23 (Wed) 09:26:24
紅堂幹人

彼の名は  (、、)。彼を忘れてはならない。忘れては、ならない。忘れては……
――ボクと  (、、)の関係に。  二〇〇五年二月十九日

 廃ビルの地下一階。そこには、三人の影が見える。男と、少年、少女。
 男は煙草を燻らせ、ゆっくりと煙を吐き出した。煙が霧散した所で切り出す。
「この『世界』というものは厄介だ。私たち人間を固定概念で縛り、自由な発想を虚構上でしか示せなくさせる。小説。漫画。アニメ。ゲーム。ドラマ。映画。これらの虚構で紡がれる物語はサイエンス・フィクション。つまりはSFにありがちな突飛な発想。理想。妄想となる。この『世界』にいる限りは、これらを実現させる事はできない。辛うじてコンピュータ中世代の先駆者により、計算機は存在しているとしても、この『世界』の進化は40年間ストップしているわけだ。和暦大正54年――西暦一九六五年十二月七日に昭和になってからの40年間、ね。ペットロボットとして開発されたAIBOも、『あちら』側では通用するとしても、『こちら』側――この『世界』では妄言になる。ペットがロボットだなんて言ったら隔離病棟送りだな。この世界ではいくら研究して、追究して、究めようとしても、それらの知識は霧散する。これと同じように」
 男は煙を吐き出す。手摺に掴まると、少し咽て続けた。
「『あちら』側は、滅びた。だからこそ、『こちら』側は自らを人間の手に委ねたりはしなかった。そして、私は『あちら』側の人間だ。PDAを一人一台所有し、人間同士は距離を縮めた。どんなに離れていても、ネットワークが孤独を感じさせない。極端な話、南極や北極、水深八キロの海溝でだって、人々はリンクできた。正にどこに居ても『孤独を感じさせない世界』。『こちら』のように排気ガスを撒き散らす車は無く、移動することも無く物事を相互伝達できた。虚構上で描かれていたとしたら、理想の世界だと思うだろう?」
 問われた少女は、首を傾げる。想像ができないのだ。代わりに、少年が応えた。
「オッサン、喋りすぎ」
「まだ若いつもりなんだけどなぁ……。二十五って君たちから見ればもうオッサンなのかい? いや、……身形のせいかな?」
 男は、泥だらけのジーンズに、白だっただろう薄汚れたTシャツ、髪はボサボサで、髭は伸ばし放題という具合だった。確かに、オッサンである。
 少年は小言を続ける男に構わずに問いかけた。
「なぁ、オッサン。あんた、校長とかの長話好きか?」
「うわ、またオッサンって言った。私だって傷つくぞ。と、校長というと、あの長話が大好きで自慢話が大好きで子供のいじめについても知らなかったと通すあれかな? あの低い声で長々と続けられると睡魔が襲ってくるね。途中でえー、と言い間を繋ごうとするのはどうにも見苦しい。学校長という職に就く人間には是非、飽きさせない話術をマスターして欲しいね。言うと、校長の長話は大嫌いだ」
 少年は半目。喋り続ける男に呆れる。喋りたがりの男は嫌いだ。多弁な男ほど信用できない者はない。
「で、そのSFに出てくるような世界ってのがあったら、確かに理想的だろうな。一人一人バラバラで、誰も信用のできないこんなトコよりは、理想的な世界だよ。スモッグに蔽われた曇天も排気ガスが無けりゃ綺麗な空を見せてくれるんだろうし。俺達の世代は、綺麗な青空ってのを一度も生で見た事が無いんだぜ? オッサンの言うアイボとかピーディーエーとかわけわかんねぇけど、所謂ハイテクなもんだろ?」
 男は頷き、微笑んだ。子供の頭脳という物は良い。大人が固定概念に囚われる話を、すんなりと受け入れてくれる。

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